その一言が「安心」にも「傷」にもなる


介護の仕事は、「人」と深く関わる仕事です。

身体介助や生活援助と同じくらい、日々の声かけや会話が、利用者の気持ちや表情を大きく左右します。


何気なく発した一言が、利用者の自尊心を支えることもあれば、知らないうちに傷つけてしまうこともあります。

忙しい現場だからこそ、「どんな言葉を選ぶか」「どう伝えるか」を意識することが、尊厳あるケアの第一歩になります。


ここでは、介護現場における「言葉選び」のポイントと、尊厳を守る表現・避けたい表現の例を取り上げながら、明日から実践できるコミュニケーションの工夫を考えていきます。


なぜ「言葉選び」が介護の質に直結するのか


介護が必要になると、多くの人は「できていたことができなくなる」経験を重ねます。

その中で、自分の存在価値や役割、自尊心が揺らぎやすくなります。


だからこそ、介護職のかける言葉は、利用者の「私はまだ大丈夫」「自分は大切にされている」という感覚を支える大きな要素になります。


同じ内容を伝える場合でも、

「こぼさないでくださいね」と

「ゆっくりで大丈夫ですよ。一緒にやりましょうか」

では、受け取る印象は大きく異なります。


ケアの専門性は技術だけでなく、「その人の心にどう届くか」を考えた言葉選びによっても高めることができます。


尊厳を損なう可能性のある言葉とは


上から目線・命令口調になっていないか


「早くしてください」「ダメですよ」「ほら、こうして」などの言葉は、忙しい現場でつい出てしまいがちです。

しかし、こうした命令調の表現は、相手を「指示される立場」として扱い、自主性や尊厳を損なう危険があります。


同じ内容でも、

「ご準備できたら教えてくださいね」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

といったクッション言葉を添えるだけで、受ける印象は柔らかくなります。


子ども扱いする表現


高齢者に対して、無意識に「かわいい」「よくできましたね」など、子どもに接するような言葉を使ってしまうことがあります。

その人が歩んできた人生や役割を考えると、こうした表現は「一人の大人」としての尊厳に反する場合があります。


親しみを込めたつもりでも、本人にとっては「軽く扱われた」「馬鹿にされた」と感じられることがあるため注意が必要です。


ラベリングや決めつけの言葉


「わがままだから」「認知症だから仕方ない」「この人はいつもこうだから」

といった言葉は、相手を一つの属性や行動で決めつけてしまうラベリング表現です。


こうした捉え方が職員の間で共有されると、その人の変化や努力が見えにくくなり、支援の幅も狭まってしまいます。

「今日はいつもと違って不安が強いようです」など、状況や感情に着目した表現に言い換えていくことが大切です。


尊厳を守るための「基本の言葉づかい」


敬意を前提にした呼びかけ


名前を呼ぶときには、「〇〇さん」と敬称をつけることを基本とします。

あだ名や「おじいちゃん」「おばあちゃん」といった呼び方は、親しみを込めたつもりでも、人によっては不快に感じる場合があります。


また、家族がいる場面でも「お母さん」「お父さん」だけでなく、「〇〇さん」と本人を一人の個人として尊重する意識を持つことが大切です。


「指示」ではなく「提案」や「お願い」の形に


「~してください」ではなく、

「~していただけますか」「~しましょうか」「~しませんか」といった提案型・依頼型の表現を使うことで、利用者の主体性を尊重できます。


例として、

「トイレに行きますよ」ではなく

「そろそろお手洗いに行きませんか?ご一緒しますね」

とすることで、「一緒に」「相談しながら」というイメージを持ってもらいやすくなります。


「できていない点」より「できている点」に注目する


つい、「できていないこと」「問題」として目に入る部分に焦点を当ててしまいがちです。

しかし、どんな状態でも「できていること」「維持できていること」が必ずあります。


「今日はここまで一緒にできましたね」

「この動きは前よりスムーズになっていますね」

といったポジティブなフィードバックは、利用者の自己肯定感や意欲を育てます。


具体的な場面別の「言い換え」の工夫


入浴・排泄などプライバシーに関わる場面


プライベートな支援が多い介護場面では、言葉ひとつで「恥ずかしさ」や「不快感」が増すこともあります。


避けたい言い方の例:

「オムツ替えますよ」

「汚れてますね、替えましょう」


尊厳に配慮した表現例:

「少しお体をきれいにさせていただいてもよろしいですか」

「気持ちよく過ごしていただけるよう、お取り替えしましょうか」


排泄に関する言葉も、できるだけ直接的な表現を避け、「お手洗い」「ご用足し」など、本人が抵抗を感じにくい言い回しを選ぶことがポイントです。


認知症の症状がある方への声かけ


認知症の方に対して、

「さっきも言いましたよね」

「どうして覚えていられないんですか」

といった表現は、本人を責める印象を与えてしまいます。


代わりに、

「もう一度お伝えしますね」

「覚えているのが難しいこともありますから、一緒に確認しましょう」

と伝えることで、責めることなくサポートの姿勢を示せます。


拒否がある場面での対応


ケアを拒否されたときに、

「困りますよ」「やってもらわないと仕事になりません」

といった言葉は、対立を深めてしまいます。


こうした場面では、

「今日はあまり気分が向きませんか」

「少し時間をおいて、またあとでご相談してもいいですか」

と、気持ちに寄り添いながら提案する表現が有効です。


職員同士の言葉も「利用者の尊厳」に影響する


介護記録やカンファレンスでの言葉づかいも、利用者の尊厳に直結します。


「徘徊が激しい」「わがままが多い」「扱いづらい人」

といった言葉は、支援者側の主観や評価が強く反映されています。


代わりに、

「不安が強く、屋外へ出ようとされることが増えている」

「自分の希望を強く主張される場面が多い」

といった、事実と背景に着目した表現に言い換えることで、チーム内の認識も変わります。


職員同士の会話や記録においても、いつ誰が耳にしても恥ずかしくない表現を選ぶことが、「尊厳を守る組織文化」のベースになります。


「感情のケア」としての言葉選び


尊厳を守る言葉は、単に丁寧であればいいというものではありません。

その人の「気持ち」「不安」「誇り」に寄り添った言葉かどうかが大切です。


「怖かったですね」

「無理に頑張らなくても大丈夫ですよ」

「ここにいるので、安心してくださいね」


こうした感情に寄り添う一言は、痛みや不安を抱える利用者にとって大きな支えになります。

介護職が「状態」だけでなく「心」に目を向けて言葉を選ぶことで、安心感と信頼関係が育まれていきます。


言葉選びをチームで磨くために


個人の意識だけに頼らず、事業所全体で「言葉」に目を向けることも重要です。


・日々の記録や声かけを題材に、勉強会やロールプレイを行う


・「良い言葉がけ」の事例を共有し合う


・避けたい表現と推奨表現を簡単な一覧にして事務所に掲示する


・新人研修の中に「言葉づかいと尊厳」のパートを組み込む


こうした小さな取り組みの積み重ねが、「利用者を一人の人として尊重する文化」を育てます。


言葉で伝える「あなたを大切に思っています」


介護現場で交わされる言葉の一つひとつには、「相手をどう見ているか」「どう関わろうとしているか」が表れます。


忙しい毎日でも、

「この一言は、相手を大切にする言葉になっているだろうか」

と、ほんの少し立ち止まって考えることができれば、ケアの質は確実に変わります。


尊厳を守る言葉選びとは、

「あなたは一人の大切な存在です」

というメッセージを、日々の会話の中で伝え続けることでもあります。


介護職の言葉には、人を傷つける力もあれば、人を支え、生きる力を取り戻してもらう力もあります。


だからこそ、私たちは「どう話すか」を大切にしながら、利用者一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢を大切にしたいものです。