災害時における訪問介護の支援体制、在宅利用者への備えと課題とは
2025.12.22
訪問介護
「災害弱者」ではなく「災害に備える生活者」として
地震、豪雨、台風、豪雪、感染症――日本では災害が日常に隣り合わせの社会課題となっています。
特に訪問介護を利用する在宅高齢者や障がい者は、避難や生活継続が難しい状況に陥りやすいとされています。
しかし、こうした方々を“災害弱者”と呼ぶのは正確ではありません。
本来、支援が必要な人々も「災害に備える力」を主体的に持ち得る存在であり、地域と支援者の連携によって、その力を十分に引き出すことができます。
訪問介護職は、利用者の生活に最も近い専門職として、「平常時から備える」「支援体制を機能させる」要の存在です。
本コラムでは、災害時支援の現状と課題、事業所・自治体・地域がとるべき体制づくりの実際を、具体例を交えながら解説します。
訪問介護における災害時対応の現状
災害時の脆弱性と平時からの構造的課題
地震や風水害時、在宅利用者が直面する課題は多岐にわたります。
電気・ガス・水道が止まる、医療機器(吸引器・酸素・人工呼吸器)が使えなくなる、在宅酸素ボンベの補給が遅れる、介護職員が現場へ行けない…こうした課題は、利用者の命に直結します。
訪問介護事業所側も、安全確保・連絡手段・サービス提供の判断といった難しい決断に迫られます。
災害の初期段階では、職員や利用者双方の安否確認すら困難になることがあります。
このような中、国や自治体は「災害時対応マニュアルの整備」や「BCP(業務継続計画)」の作成を事業者に求めています。
しかし、形式的な文書整備にとどまり、現場レベルの実効性が十分でないケースが少なくありません。
「自分たちに何ができるのか」「どこまで判断できるのか」を平時から共有しておくことが必要です。
コロナ禍で浮かび上がった訪問介護の強み
感染症流行時、外出自粛が続いた中でも、訪問介護は「生活を止めない支援」として機能し続けました。
この経験は、“分散型ケア”である訪問介護の強靭性を浮き彫りにしました。
大規模施設よりも感染拡大を防ぎやすく、地域ごとに分担・分散できる仕組みは、災害対策にも応用できる教訓となりました。
災害時に想定される訪問介護の課題
職員の安全確保と人員不足
大規模災害発生直後は、道路寸断・通信障害・停電などにより職員が業務に就けなくなる可能性があります。
また、職員自身が被災者となり、自宅や家族の避難対応で出勤できなくなるケースも想定されます。
「誰が・どの地域を・どのような条件で支援するか」を複数案でシミュレーションしておくことが重要です。
最低限、地域のブロック担当制や連絡網の多重化(携帯・固定電話・SNS・衛星メールなど)を整えておきましょう。
利用者の安否確認・避難支援体制の不足
訪問介護は個別契約のサービスであり、包括的な避難支援責任を負う仕組みにはなっていません。
しかし、実際の災害現場では「誰がどの利用者を確認するのか」が明確でないため、情報伝達の遅れにつながることがあります。
地域包括支援センター・ケアマネジャー・民生委員などとの事前連携によって、要配慮者リストを適切に共有しておくことが求められます。
災害発生時には「高リスク利用者から順に安否確認を行う」「周辺事業者と相互支援協定を結ぶ」など、優先順位と協働体制を具体化させておく必要があります。
医療機器・介護用品の確保と電源問題
在宅酸素療法、吸引装置、電動ベッド――これらの機器が使えなくなると、利用者の生命維持に重大な影響を及ぼします。
ポータブル電源、予備ボンベ、乾電池式機器などの代替手段を確認し、利用者宅にどの程度備えがあるかを把握しておくことが欠かせません。
一部自治体では福祉避難所へ医療機器対応の蓄電池を配備する、在宅医療機器利用者への発電機貸与制度などの整備が進んでいます。
事業所は必ずその地域制度の有無を確認し、利用者に情報提供しましょう。
平時から備える訪問介護の防災マネジメント
事業継続計画(BCP)の実効性を高める
令和6年度から介護事業所では、BCP(事業継続計画)の策定が義務化されています。
しかし、書類を作って終わりでは意味がありません。
重要なのは“机上の計画を現場の行動に落とし込む”実践性です。
具体的には、以下の3つの要素を繰り返し検証することが求められます。
・初動手順: 誰がいつどの順で連絡、確認を行うか
・優先業務: どの利用者への支援を最優先するかの基準づくり
・代替手段: 通信途絶、通遮断時の手段(徒歩・バイク・無線など)
年1回の防災訓練や職員研修を実施し、「現場でも動ける計画」にしておくことが理想です。
利用者・家族と共有する「防災型ケアプラン」
ケアプラン作成時に“防災視点”を盛り込む事業所も増えています。
たとえば、
・避難が必要な場合の連絡先、同行者
・持ち出し品リスト(薬、保険証、連絡帳など)
・停電時の機器利用方法
・利用中止、再開時の連絡ルール
を明文化し、ケアマネ・訪問介護事業所・家族が共有します。
これを職員共通フォーマットとして保管しておけば、災害時の混乱を減らすことができます。
近隣事業所との相互連携ネットワーク
同地域内で複数事業所が相互支援協定を結び、「人員・物資・安全確認支援」を補完し合う事例も全国で広がっています。
災害発生時に「職員がいない」「車両が足りない」状況を防ぐには、事前の横連携が不可欠です。
「競合」ではなく「地域全体で利用者を守るパートナー」としての発想が求められます。
地域・行政・企業との協働における新たな動き
行政との連携強化による避難支援の仕組み化
自治体は災害対策基本法に基づき、「避難行動要支援者名簿」を作成し管理しています。
この名簿は、本人の同意を得て民生委員や自治会、自主防災組織などと共有されます。
ただし、災害発生時や発生の恐れがある場合は、本人の同意がなくとも提供できます。
訪問介護事業所の中には、自治体の計画に沿って名簿を活用し利用者の避難や安否確認などに協力できる体制づくりを進めているところもあります。
さらに一部自治体では、民間介護事業所・ケアマネジャー・民生委員を連携させた災害時支援体制を構築し、安否確認・安否報告を専門窓口で集約する仕組みが整備されています。
こうした事業所の参画は、行政単独では難しい“現場と制度の橋渡し”として機能しており、全国に広がる兆しを見せています。
民間企業・ボランティアとの資源連携
近年では、電力会社・通信会社・物流企業などが自治体や地域団体を通じて災害発生時の介護の現場支援に参画しようとする例も増えてきています。
たとえば、
・携帯電話会社による「災害用Wi-Fiルーターの貸与」
・配食業者による「食材・水の緊急提供」
・タクシー会社との「高齢者避難輸送連携」
など、民間のリソースを活用して災害時の支援体制を強化する取り組みです。
また、地域ボランティアが要支援者への声かけや補助物資提供を行うなど、“公民一体型の支え合い”が進んでいます。
訪問介護職は、それらをつなぐ「現場のコーディネーター」として重要な役割を担います。
平時・災害時をつなぐ「助けあい文化」の育成
防災を“業務”ではなく“日常の一部”に
災害対応を特別な訓練として分離するのではなく、「通常業務の延長線上」で意識することが持続のポイントです。
たとえば、毎月の訪問時に「非常用ライトがあるか」「飲料水の在庫」など簡単な会話を交えれば利用者の意識向上と職員の確認習慣が自然に育ちます。日々の会話こそが、災害時の備えを形にする第一歩です。
職員の安心=利用者の安心
災害時に介護職員自身が安全を保てなければ、支援は続きません。
事業所は、
・家族の安否確認方法
・職員用避難先と物資備蓄
・緊急連絡体制と責任分担
を整備し、「職員も守られている実感」を持てる環境を作りましょう。
これが、結果的に利用者を守る最も確実な方法です。
今後の課題と展望
デジタル・データの活用による支援高度化
災害時における情報共有の遅れを解消するため、クラウド型ケア記録や安否確認アプリを導入する事業所も出てきています。
さらに、AIを用いて利用者の安否情報や支援履歴、位置情報を統合し複数事業所・自治体間で共有する仕組みなども開発が進められています。
地域全体での実証訓練と評価体制
座学やシミュレーションだけでなく、避難訓練・停電対応訓練を地域ぐるみで実施し、事後に問題点を共有する体制も今後さらに強化していくべき課題のひとつです。
一度の訓練ではなく、「年1回の見直し→変更→再実践」のサイクルが重要です。
災害対策を“継続的に更新する文化”として根づかせることが、真の備えといえます。
「災害に備えること」も支援の一部として
訪問介護は、平常時の生活支援だけでなく、「命を守る生活支援」を担う社会基盤です。
災害はいつどこで発生するかわかりません。
大切なのは、“その瞬間に備える組織”ではなく、“いつでも備えている日常”を築くことです。
介護職員一人ひとりが、利用者と「防災」を共通のテーマとして語り合えるようになれば、地域の支え合いの輪は確実に広がります。
日常に根ざした備えが、災害時に命を守る力となる。訪問介護の価値は日々の暮らしの中でこそ最も輝くのです。