「人が続く職場」が質の高い介護を生む


介護業界では長年、人材不足と離職率の高さが課題とされてきました。

特に訪問介護の現場では、一人で利用者宅を訪問し、個別のニーズに応えるという性質上、精神的にも肉体的にも負担が大きく、離職に至るケースが起こりやすいといわれます。


一方で、近年の調査では「職場環境が良ければ介護職を続けたい」と答える職員も多く、環境次第で人材の定着率は大きく向上することが明らかになっています。

離職防止とは、単に待遇や給与の改善だけでなく、「人が働きながら成長し、安心して続けられる職場」をどう育てるかという取り組みそのものです。


本コラムでは、訪問介護職の現場で生じやすい離職要因を整理し、定着を促すための職場づくりのポイントと、組織としてできる実践的な工夫を紹介します。


訪問介護職における離職の現状と要因


離職の背景にある構造的課題


訪問介護事業は、利用者一人ひとりの生活に合わせた支援が求められるため、サービス提供責任者や職員の業務負担が大きくなりがちです。

また、訪問先では基本的に単独行動のため、同僚との交流が少なく孤立感を覚えやすい構造的特徴もあります。


さらに、非正規雇用が多いことから「キャリアの見通しが立てづらい」「正確な評価を受けにくい」と感じる職員も少なくありません。こうした不安定さが職場への定着意欲を下げてしまう要因となります。


メンタル面・人間関係の負担


介護職は人と人が深く関わる仕事であり、感情労働の側面が強い業種です。

利用者や家族からの期待や要望に応える責任感が、ストレスやプレッシャーにつながることもあります。また、訪問介護の場合は指導者や同僚がその場にいないため、判断に迷ったときに相談できる相手がいない孤独感を感じやすい傾向があります。


さらに、職員同士のコミュニケーション不足や、指導体制の不統一など、現場間の摩擦が離職のきっかけとなることもあります。


処遇・キャリアの課題


離職理由として多いのが「収入への不満」「将来性の見えにくさ」です。

介護職の中でも訪問介護員は、勤務時間が分断されやすく、働く時間帯が不規則になりがちで、実働給制など出来高払いに近い成果連動型の給与体系であることも多いです。

こうした働き方の特殊性が「働いても報われにくい」という感覚を生み、長期的なキャリア形成を難しくしています。


離職防止の第一歩 ― 職員の「声を聴く」仕組みづくり


現場のリアルな声を集める


訪問介護職員は利用者宅を回るため、事務所での滞在時間が限られ、意見や課題を伝えるタイミングが少ないものです。

そのため、定期的な個別面談やオンライン・匿名アンケートの導入など、日常的に「現場の声を吸い上げる仕組み」を整えることが重要です。


特に、サービス提供責任者や管理者が「話しかけやすい雰囲気」を意識するだけでも、早期の悩み相談や離職予防につながります。


小さな不満を放置しない


離職のきっかけは、往々にして「小さな不満の積み重ね」です。

例えば、「シフトの調整がしづらい」「業務連絡が伝わりにくい」「努力が評価されていない」といった日常的な齟齬が蓄積すると、信頼関係が崩れていきます。

職員一人ひとりの声に耳を傾け、できることから改善する姿勢が、職場全体の安心感を高めます。


支え合える組織風土の構築


コミュニケーション文化の育成


訪問介護職員は基本的に単独行動ですが、孤立を防ぐためには「つながりを感じられる仕組み」が欠かせません。

月例ミーティングやグループチャットの活用、チーム会議などを通じて、日常的に情報共有を行うと同時に、お互いを認め合う文化を育むことが大切です。

たとえ短時間でも、顔を合わせて仕事の悩みや成功体験を共有する場は、メンタル安定と士気向上に直結します。


感謝と承認のメッセージ


介護職は、成果が目に見えにくく、日々の努力が当たり前として扱われやすい仕事です。

「ありがとう」「助かりました」の一言を上司や同僚が意識的に伝えるだけで、職員のモチベーションは大きく変わります。

感謝の共有を制度化する会社も増えており、メッセージボードや表彰制度など、承認文化の構築は離職防止の有効な手段です。


働きやすい労務環境とキャリア形成


柔軟な勤務体系の導入


働きやすい環境は、職員定着の土台です。特に訪問介護では、家庭事情や体力の違いに配慮した柔軟なシフト運用が求められます。

短時間勤務、希望休制度、固定曜日訪問など、生活と仕事の両立をサポートする取り組みは、職員の安心感を生みます。

制度はあっても利用しづらい雰囲気があれば意味がありません。管理者自らが積極的に利用を促し、利用しやすい空気を作ることが大切です。


公正な評価とキャリアの見える化


「頑張っても評価されない」「昇給の基準がわかりづらい」と感じることが、離職を引き起こす大きな要因になります。

経験やスキルに応じたキャリアフローを明示し、努力が正当に反映される評価制度を整備する必要があります。

資格取得支援や研修助成制度を整え「学び続けられる環境」を提供すれば、スキルアップの意欲と定着率が両立します。


フィードバック文化の定着


業務の良し悪しを一方的に指摘するだけではなく、「できている点」や「改善の道筋」を一緒に考えるフィードバック文化も必要です。

定期的な面談や同行訪問を通して上司が直接声をかけ、成果だけでなく「成長の過程」を認めることが、職員の自己肯定感を高めます。


メンタルヘルスと職員支援の取り組み


心のケアを当たり前に


利用者に寄り添う仕事だからこそ、職員自身の精神的ケアも不可欠です。

心の疲労を見逃さないためには、面談や相談窓口の設置に加え、「休むことは悪ではない」という理解を職場内で共有することが大切です。

また、外部カウンセリングやEAP(従業員支援プログラム)を活用することで、安心して相談できる体制を築くことも重要な施策のひとつと言えます。


チームでストレスを分担する


一人が抱え込みすぎないよう、難しいケースやトラブル対応は複数担当制にするなど、業務分担の工夫も効果的です。

「困ったときは誰かが助けてくれる」という安心感は、離職防止の大きな支えになります。


管理者・リーダーに求められる姿勢


職員を「戦力」ではなく「人」として見る


職員一人ひとりの特性や生活背景を理解し、それぞれが安心して働ける環境を整えることが管理者の使命です。

指導や指摘の場でも、相手の立場を尊重しながら対話する姿勢が信頼を生みます。

「あなたが必要だ」というメッセージを伝え続けることが、モチベーション維持に直結します。


リーダーの背中が職場文化をつくる


管理者の言動や態度は、職場の空気をそのまま映します。感情的な指導や一方的な指示は、職員の心理的距離を生じさせます。

反対に、現場に寄り添いながら時に一緒に汗をかく姿勢は、チームの絆を深めます。

「共に動くリーダー」がいる組織ほど離職率が低いという調査結果もあり、日々の姿勢が人材定着の鍵になります。


成果を出す離職防止施策の共通点


離職防止に成功している事業所には、いくつかの共通点があります。


・新人教育を「一人で育てない」体制で行っている


・日報や面談で職場の声を可視化している


・感謝や成功を共有する文化を持っている


・処遇・評価が明確で、努力が報われる仕組みを整えている


・管理職自身が働きやすい環境づくりを重視している


つまり、「人を大切にする」姿勢を制度と風土の両面で形にしているのです。


定着率の向上は「安心の連鎖」から


訪問介護職の離職防止策は、業務改善や給与の引き上げだけで完結するものではありません。

安心して働ける環境、感謝と承認の文化、学びと成長の実感——この3つが揃ったとき、職員は自然と定着していきます。


離職を防ぐことは、同時に利用者の信頼を守ることでもあります。

職員が安心して働ける職場は、サービスの安定、地域からの信用、そして事業の持続可能性につながっていきます。

「働く人が笑顔でいられる環境」をつくることが、これからの介護事業の最も重要な経営課題なのです。