パーソン・センタード・ケア(PCC)の最新実践と今後の動向
2026.02.16
ケアマネジャー
「その人らしさ」を支えるケアの進化
介護・福祉の現場で「パーソン・センタード・ケア(Person-Centered Care:PCC)」という言葉を耳にする機会が増えています。
高齢者ケア、特に認知症支援の基本理念として世界的に重視されてきたこの考え方は、もはや“特別なケア手法”ではなく、介護の根幹に据えるべき理念となりました。
パーソン・センタード・ケアの原点は、「診断や状態ではなく、一人の人間としての尊厳・個性・人生を中心に据える」という姿勢にあります。
近年では、AIやICT、地域連携など新たな仕組みとの融合によって、より実践的かつ多面的な展開が進んでいます。
本コラムでは、その理論的背景を踏まえながら、国内外で注目される最新の実践事例を紹介し、現代の介護現場でパーソン・センタード・ケアをどう深化させていくかを考察します。
パーソン・センタード・ケアの基礎理念を改めて見つめる
「してあげるケア」から「ともに生きるケア」へ
パーソン・センタード・ケア(以下PCC)は、英国の心理学者トム・キットウッド(Tom Kitwood)が提唱した「人を中心としたケア(personhoodを重んじるケア)」がその起源です。
彼は、従来の「介護する側が主体となり、手助けを提供する」ケアが、本人の尊厳を損なう危険があると指摘し、
「認知症のある人も一人の主体者である」という視点を強調しました。
つまり、PCCは「相手を支える」ではなく、「相手と共に生きる関係を築く」ことを目指すケアです。
これは介護で最も難しく、かつ最も重要な部分――“心の通い合い”を具体的に形にするための考え方なのです。
価値の中心は「その人らしさ(Personhood)」
PCCでは、利用者を「利用者」や「患者」といった立場・属性ではなく、「人生の語り手」「社会の一員」として捉えます。
そのためには、日常の中で「本人が何を大切にして生きているか」「何に心を動かされるか」を掘り下げて理解することが欠かせません。
この「その人らしさ(personhood)」を守るとは、身体的支援のみならず、感情・社会・文化・精神的側面まで視野に入れることを意味します。
つまり、PCCはケアの方法論ではなく、“人を見る哲学”ともいえます。
最新事例で見るパーソン・センタード・ケアの実践
事例①:認知症ケアにおけるライフヒストリーの活用(医療×介護連携)
ある都市型の高齢者施設では、入居時に本人と家族から「ライフヒストリーブック」を作成しています。
このブックは、幼少期からの思い出、好きな食べ物、趣味、職業、家族との関係などを、写真と一緒に記録したものです。
ケアスタッフは、ブックを通じて本人の人生を知り、会話やレクリエーションの設計に活かします。
「昔、庭で野菜を育てていた方にガーデニングを提案する」「教師だった方に書写活動を依頼する」など、過去の経験を尊重した関わりができるようになりました。
特筆すべきは、医師・看護師・理学療法士など他職種もブックを共有している点です。
医療職が「患者情報」ではなく「人としての人生背景」を理解した上で会話を交わすことで、医療的介入にも温かみが生まれています。
これが、まさに“ライフベースド・インテグレーション”というPCCの新たな形です。
事例②:地域交流を通じた社会的パーソンケア(地域包括支援センター)
地方のある自治体では、地域包括支援センターが地元のカフェ・図書館・子育てサークルと連携し、「誰もが立ち寄れる共有空間」を整備しました。
高齢者だけのためではなく、子どもや若者、障がい者、地域住民が気軽に関われる仕組みとすることで、互いの存在を尊重し合う「共生型コミュニティ」が誕生しました。
この取り組みでは、介護スタッフが業務外でもイベントに参加し、地域住民との交流を重ねています。
単なるボランティア活動ではなく、「その人が暮らす地域社会全体を“人としての環境”と見なす」新しいPCCの実践です。
その結果、独居高齢者の孤立感が減少し、センターへの相談が早期化。支援開始がスムーズになりました。
PCCを“施設内”で完結させず、“地域全体に広げる”ことの意義を示す好例といえます。
事例③:テクノロジーを活用した「心の声の見える化」
最新のICTを用いたPCCの研究も進んでいます。
センサーやAI技術を活用して本人の行動・表情・声のトーンから感情状態を分析し、スタッフがリアルタイムで把握できるシステムなどがそのひとつです。
認知症高齢者の「不安」「喜び」「集中」などの感情傾向をAIが解析し、ケア方針を細やかに調整できるようになり、従来「暴言」や「拒否的行動」と見なされていた行動の背景にある“心のサイン”を理解するきっかけとなります。
テクノロジーが“心を読む”のではなく、“心を理解するための補助線”として機能しているのが大きな特徴です。
これにより、介護職員の心理的負担の軽減や感情ケアの質が向上し、離職率の改善にも寄与することが期待されます。
事例④:在宅ケアにおける「家族中心PCC」
在宅介護の現場では、本人だけではなく家族の価値観・生活背景を理解したうえで支援を進めることが不可欠です。
ある訪問介護事業所では、「家族ミーティング」を月1回実施し、ケアマネ・ヘルパー・家族が一堂に会して「本人の意思をどう支えるか」を共有しています。
家族が抱える「頑張りすぎ」「自責感」「限界感」といった感情にも焦点を当てることで、家族自身のwell-being(幸福感)を守る取り組みに発展しました。
本人中心のケアを支えるために“家族を支える”姿勢――これもPCCの最新の方向性です。
PCCを支える組織文化の変化
「効率」から「共感」へのシフト
PCCを組織全体に浸透させるためには、スタッフ一人ひとりの意識改革が欠かせません。
「時間内に終わらせる」「手順を守る」といった業務効率だけを優先する職場では、心の余裕が生まれにくいものです。
そのため、最新の実践事業所では、「感情共有ミーティング」や「体験型ワークショップ」を導入し、スタッフ同士が互いのケア体験や利用者への想いを語り合う機会を持っています。
感情を言葉にすることで共感の連鎖が生まれ、「人として関わるケア」の意義が再確認されます。
“人を支えるには、まず人を大切にできる組織づくりから”という考えが、PCC実践には欠かせません。
リーダーの役割と組織的支援
管理者やリーダーがPCC理念を理解し、現場の創意工夫を応援する姿勢を示すことで、職員は安心して新しい取り組みに挑戦できます。
失敗を責めず、「良い試みとして評価する文化」を醸成することが、継続実践の支えになります。
また、PCCは「教育による教え込み」ではなく、「日々の関わりを通じて浸透させる文化」であるという認識を組織全体で共有することが重要です。
パーソン・センタード・ケアを深化させるこれからの展望
生活と社会の融合をめざして
PCCは施設・在宅の枠を超え、「生活の中で人が輝く仕組み」を模索する段階に入っています。
地域共生社会の理念とも重なり、「ケアを受ける人」ではなく「地域を共につくる人」としての本人の役割を回復させる方向へ進化しています。
世代・分野超えて広がるPCA/PCCの応用
障がい児支援や精神障がい者福祉、さらには終末期医療の分野でも、「パーソン・センタード・アプローチ」が導入されています。
“個人の尊厳”という普遍的な価値が、医療・介護・教育の垣根を越えて共通のキーワードになりつつあります。
テクノロジーと“心”の橋渡し
日本ではすでに、VRを使った認知症体験やAIによる表情解析、遠隔交流ロボットなど、PCCを支える技術が現場に広がり始めています。AIやVRが感情理解やコミュニケーションを助ける時代において、PCCは“人を置き換える技術”ではなく、“人を理解し支える技術”として進化していくはずです。これからの介護は、データと人の感性が響き合う新しいステージへ向かっています。
“その人”を知る努力こそ、最先端のケア
パーソン・センタード・ケアの本質は、「最新技術」でも「特別な手法」でもなく、“目の前の人を深く理解しようとする姿勢”にあります。
どれほど時代が進んでも、人が人を思う力こそが最も重要な原動力です。
ライフヒストリー、地域共生、テクノロジー、家族支援――そのすべては、ひとつの理念「その人の尊厳を中心に置く」という信念から生まれています。
介護現場のすべての職員が「その人らしく生きられる環境をつくること」を目的に取り組むとき、PCCは単なる理論を超えた“文化”として根づいていきます